
丸善石油化学株式会社(以下、丸善石油化学)は、1959年に丸善石油の石油化学部門が独立して設立された化学メーカーで、エチレンプラントを中心とした基礎化学品、そして高度な技術を要する機能化学品の製造を通じて日本の産業を支えている。同社は、デジタルトランスフォーメーション(DX)を「安全ナンバーワン企業」へと進化するための最重要戦略と位置づけ、その中核基盤として「Cognite Data Fusion (CDF)」を千葉工場へ導入した。CDFによるデータ統合で進化する保全業務の変革について、プロジェクトをリードする千葉工場 設備管理部 設備診断課 課長の堀越 太輔氏と、同課の小林 健俊氏にお話を伺った。
点在するデータの「サイロ化」からの脱却
丸善石油化学は国内に千葉と四日市の2箇所に工場を保有している。主力拠点である千葉工場では、長年培われた保全ノウハウが紙の書類や個別のデータベース、あるいはベテラン社員の経験の中に分散しており、点在するデータの「サイロ化」に起因する業務効率の改善が大きな課題となっていた。
具体的には、まずデータの探索コストが挙げられる。運転データや図面、サーバー内のログ、補修履歴といった重要情報が各システムに分散しており、トラブル発生時には情報の収集と整理だけで半日以上を費やすことも珍しくなかった。次に、技術継承とノウハウの属人化も深刻であった。特にプラント内の個別機器特有の劣化損傷対策などは高度な判断を要するが、知見が体系化されておらず、ベテラン社員の経験に依存していた。さらに将来的な労働人口の減少を見据え、一人あたりの業務負荷を軽減し、より付加価値の高い業務へシフトする仕組み作りが急務となっていた。
導入検討開始から意思決定までの背景
同社は複数のシステムに分散しているデータを統合するデータ基盤の選定にあたって重要視した点は「現場が使いやすいデータ基盤」であることだった。意思決定の背景には、単なるデータ保存ではなく、異なるソースのデータをタグ付けして関連付けられる「コンテキスト化」機能への強い期待があった。また、同社には専任のDX部署がなく、現場に近い設備管理部メンバーが兼務で参加するチームで検討が進められた。現場の課題を熟知したメンバー自身が選定に携わったことで、実務に即した基盤としてCogniteの採用が決定した。
ソリューション導入と活用状況
2021年にプロジェクトを発足し、データ接続の概念実証(PoC)を経て2023年に本格構築を開始した。アジャイル形式での開発により、わずか4ヶ月という短期間でシステムを立ち上げた。 現在、同社はCDFを「データ統合基盤」として多角的に活用している。

代表的な例が「設備関連情報ダッシュボード」である。PC上で特定の機器を指定するだけで、定期整備周期や検査履歴、さらには360度パノラマ写真までが瞬時に表示され、オフィスにいながら現物に近い情報を確認できるようになった。また、複雑な配管の減肉状況をグラフ化して腐食トラブルの傾向・相関性を捉える可視化や、定期整備検査の現場連携も実現している。
現場主導のアプリ開発も進められるようになった。技術スタッフが生成AIを活用し、わずか2時間で「トレイロード(蒸留塔負荷)可視化アプリ」を内製した。従来はシステム改修に数週間を要していたものが、今では現場の判断で即座に実装出来る環境が整った。
CDF導入の成果
定量面では、まず先行導入した一部の主要装置において、設備診断課や工務・運転部門でのデータ探索、図面確認、報告書作成などの工数を年間約1,000時間削減できた。また、トラブルの原因分析(FTA)においても、過去の類似事例を即座に検索できるようになったことで、意思決定の精度とスピードが飛躍的に向上している。 今後他の装置へ横展開することで、削減効果はさらに増加する見込みである。
定性面では、技術継承の仕組み化が大きな前進を遂げた。機器毎の過去検査記録や補修レポート、360度パノラマ写真がデジタル上で紐付いたことにより、若手社員が能動的に情報を探し、学べる環境が整った。さらに、外注に頼らず現場で簡易的なアプリを構築できるようになったことで、コスト低減と同時に現場の変革マインドも徐々に醸成されている。
今後の展望
丸善石油化学は、これまでの取り組み結果からCDFを「DXのキーストーン(要石)」として、さらなる展開を描いている。
「2027年度を目標に、主力のエチレンプラントをはじめとする複数装置への導入拡大を予定しています。技術面では生成AIの高度利用を検討しており、過去の膨大な検査テキストデータを学習させることで、設備診断の自動化評価や高度なレコメンデーション機能の実装を目指します。」(堀越太輔氏)
「今後、データのさらなる正規化や成分分析・購買データとの連携拡大を通じ、プラント運営全体の最適化を加速させていきたいです。」(小林健俊氏)
現場主導でデータを使い倒すという同社の姿勢は、装置産業におけるDXのモデルケースとして、今後もさらなる進化を続けていく。