
「明日の幸せを科学する」を企業メッセージに掲げる東ソー株式会社は、山口県の南陽事業所と三重県の四日市事業所の二大製造拠点を中心に事業を展開している。同社は国内最大級の塩化ビニル・ウレタンの一体生産チェーンやエチレンクラッカーを保有する総合化学メーカーであり、強固な事業基盤と高度な技術力をもって、持続可能な社会の実現に向けた化学製品の安定供給と豊かな社会づくりに貢献し続けている。
CDFの導入背景
東ソーは2000年代後半から2010年代前半にかけて団塊世代の大量退職期を迎え、この過渡期において若手層の積極的な雇用を進め、未来の現場を担う人材を採用することができた。しかし、時が経ち世代交代が進んだ現在、現場の次世代社員たちは「設備の老朽化」や「将来的な労働力不足」、「持続的な安定稼働に対する漠然とした不安」という新たな課題に直面しつつあることが徐々に明らかになってきた。
製造現場からの不安を吸い上げ、「次世代が安心して働ける職場」を具体化するため、東ソーはまず過去のトラブル原因の解析に着手した。すると、人的要因によるトラブルの約45%が、過去の知見を「知らなかった」、あるいは「知っているが対処できなかった」という、知識や経験のギャップに起因している実態が明らかになった。
この結果を受け、さらに課題の本質を深掘りするために南陽・四日市両事業所の全製造課、全33職を対象とした大規模なアンケート調査を実施した。未来の現場を担う30代前半の若手オペレーターからは、すべての職場で「ベテランとの差はトラブル時の対応力にある」との声が上がり、約半数の職場がプロセスや設備に関する知識不足を実感している現状が浮き彫りになった。同時に、マネジメントを担う製造課長への調査でも、回答者の約8割が「必要な情報をその場で閲覧できるシステムが欲しい」と回答し、人への過度な依存を減らし、異常を軽微な段階で把握したいという切実なニーズが示された。
一連の変遷と調査を経て、若手が過去の事象や関連知識を探し出すために浪費していた時間を削減し、必要な情報へと「芋づる式」に素早くアクセスできる仕組みの構築が、現場の安心を守るために必要であり、それが人的要因によるトラブルの削減に繋がるという結論に至った。そのため、東ソーは、情報を「芋づる式」に見ることができるデータプラットフォームの導入へと舵を切った。
CDFの導入プロジェクト
現場の課題を解決するパートナーとして、東ソーは6社の中からCogniteを選定した。Cogniteを選んだ決め手は、AIやOCRによる自動テキスト化機能の高さ、そして外部システムと簡単にリアルタイム連携ができる柔軟な拡張性にあった。必要なデータに素早く辿り着ける仕組みは、まさに東ソーの求めていた技術だった。
実際の導入プロジェクトは、非常に迅速なスケジュールで推進された。2025年4月にCDFの導入が正式に決定されると、2025年6月には四日市事業所と南陽事業所の2拠点においてプロジェクトを同時にキックオフした。本社、製造、保全、IT部門、ベンダー、さらには現場の若手までを巻き込んだ部門横断型のハイブリッドDXチームを結成し、週1回の定例会を通じて活発な情報交換を行った。そして、わずか6ヶ月という短期間の2025年12月には2拠点へのシステム導入が完了した。
また、現場へのスムーズな運用移行を行うためのユーザー向けスキルトランスファートレーニングが導入完了と同時に開始され、翌2026年からの本格的な現場展開への確かな道筋を創り出した。
迅速なプロジェクト進行によって、拠点ごとの個別最適化を避けて東ソーとしての標準モデルを初期段階で確立することに成功し、合計90万点を超える分散データの一元管理が実現した。
CDFのユースケース
東ソーにおけるCognite Data Fusionの活用によって、すでに現場の意思決定や業務効率化において成果が出はじめている。散在していた膨大なデータがシームレスに紐付けられたことで、情報の検索や移動に費やされていた現場のロスは劇的に削減されつつある。
第一のユースケースは、Canvasを活用したコミュニケーションの円滑化である。かつては朝会前にメールや電話で行われていた情報収集や、ホワイトボードへの手書きの板書工程に多くの時間とコストを要していたが、デジタル上のホワイトボードとも言える1箇所に集約された視覚的データによって事前に準備が完了し、朝会での迅速な議論が可能になった。

第二のユースケースは、Canvas上にDCS(計装制御システム)画面を再現することで、遠隔監視をリアルタイムで行えるようになったことである。以前は事務所から制御ルームまで徒歩で5分から10分かかっており、トラブル確認のための移動が負担となっていたが、この物理的距離をシステムが埋めた。事務所にいながら、親しみのあるDCSのデザインを再現した画面でリアルタイムに遠隔監視ができるようになり、トラブル時の初動が劇的にスピードアップした。
第三のユースケースは、Chartsを活用したベテランの技術伝承の可視化である。これまでは過去のトラブルデータを抽出してグラフ化する作業に手間取っていたが、特定の反応の立ち上げ時の傾きなどを時系列データとして固定して保存・共有できるようになった。これにより、若手オペレーターが具体的な判断基準を視覚的に提示され、貴重な学習機会を得ることができるようになった。
今後の展望
導入から数ヶ月が経過した現在、現場からの意見や要望を反映させながら更なる現場での利便性の向上を進めている。具体的には、Cogniteの提供するAtlas AIを用いて、データのクレンジング部分を自動化させる取り組みや申し送り情報を起点に類似した過去トラブル情報などを芋づる式に提示してトラブル予兆を気付かせる取り組みを進めている。
さらに、Cognite Data Fusionを全社で深く使いこなしていくため、今後は社内ユーザー会を定期的に開催し、導入を希望する部署を広く募っていく方針である。ボトムアップによる自発的な参画を促し、意欲の高い部署から優先的に展開を進めることで、実効性の高い活用モデルを社内に積み上げていく。東ソーは、現場の安心を全社的な文化へと昇華させ、持続可能な製造体制を確立するため、最終的には全部署への実装を目指し、次世代が安心して働ける現場への歩みを進めていく予定である。
